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医療と生きる全ての人に向けて、患者さんの日常生活支援を事業化しています。抗がん剤治療中や脱毛症向け専門美容室PEERと、患者さんの困りごとをモノ・コト・場所で解決する事業で、医療と生きる日常生活を豊かにする仕事をしています。 このブログでは、日々現場仕事をしながらに気になることを、個人的に書いています。看護師/工学修士(MOT)  ■History 2008静岡県男女共同参画社会づくり活動に関する知事褒賞 2009日経ウーマン ウーマンオブザイヤーキャリアクリエイト部門5位 2009経済産業省ソーシャルビジネス55選 2010日本商工会議所女性起業家大賞特別賞 2013内閣府女性のチャレンジ賞 2014静岡ニュービジネス大賞特別賞 2015イノベーター公志園4期  2016TEDxHamamatsu2016スピーカー

2016年2月6日土曜日

今更ながら、我が親の適当さに気付いた話

雑談です。

母はすでに他界しています。もう5年以上たつので、情緒的な悲しさはありませんが、最近とにかく面白いことを思い出すようになりました。その頃はなんとも思わなかったのですが、その頃の母の年齢に近づいてきて、アレはおかしいだろうと気づくという感じです。

私は運動がとても苦手な子どもでした。そして今でも苦手です。
見た目は運動ができそうに見えるようですが、全くダメです。球技はボールの行方がわからず、取りに行く気にもならず、一生懸命追いかける気にもなりません。
ボールと戯れる猫を見て真面目だなと関心します。子どもの頃からあたまとからだが繋がっていない感じで、ドアを閉めながら挟まるとか、階段で一段踏み込み間違えるとか、いろいろあったように思います。

それでも学校教育の中で、鉄棒やボール投げなどがありますから、なんとかやるのですが芳しく無く、スポーツテストで5級とか級外をとっていた記憶があります。とにかく、ボールがとばない、ジャンプができない、のぼり棒にも登れない。

それなのに母は「大人になれば逆上がりくらいできるようになるよ」「ボール投げられなくても大人は困らない」「ダンスができなくても生きていける」と全く気にせず放置。私ものんびりしたもので、そうかそうか、別にいいかと思って過ごしていました。そして、そのうち忘れていました。

いや、母よ、あんまりよくないよ。

よく考えてみると、多分、母も逆上がりやボール投げができなかったのではないかと思います。どう考えても、スポーツが得意そうな感じがしません。あとは、多分、砂場の鉄棒で練習に付き合うのが面倒くさかったのだと思います。もういないので確認の手段はありませんが、9割方こんな感じだと思います。

それでも私は元気に仕事ができているのだから、あながち教育が間違っていたということもないとも言えなくない、ですよね。今一生懸命になっていて、できなくって困っている若者がいたら、ぜひこんなに適当な親でもちゃんと子どもは大人になったよ、と伝えたいと思います。

それにしてもかなり適当だったな、わたしの母親。